2012年04月20日
蔡温の松
この松は250年ほど前に蔡温が植えたとされている松の写真である。
宜野湾市の真栄原あたりから普天間の神宮まで松並木が続いていたらしい。
この写真は実は約50年近く前の写真である。
オヤジの母校宜野湾市立嘉数中学校の卒業アルバムの扉のページの写真なのだ。
その頃には校門の脇に蔡温の松が3本残っていた。
それは当時の生徒の心に強く残っていたらしく、
今度発行された50周年記念誌に何名もの人が書いてある。
いつ、枯れたかの記憶はないが松くい虫にやられたか、
排気ガスにやられたかはわからない。
でも今かつての松並木を再現すべく松が街路樹として植えられている。
植えられているのは宜野湾市嘉数から一部を除き嘉数中学校のあたりから
普天間飛行場の手前まで。
国道330バイパスを伊祖トンネル浦添から宜野湾に入るとき
ファミマの手前を左折すると松並木が始まる。
山谷園というモーテルの前を過ぎ県道5号線にはっちゃかると
いったん途切れるが、
再び真栄原交差点を普天間飛行場方面に向かうと松並木が現れる。
飛行場が返還されれば普天間神宮まで続くのかもしれない。
宜野湾市の真栄原あたりから普天間の神宮まで松並木が続いていたらしい。
この写真は実は約50年近く前の写真である。
オヤジの母校宜野湾市立嘉数中学校の卒業アルバムの扉のページの写真なのだ。
その頃には校門の脇に蔡温の松が3本残っていた。
それは当時の生徒の心に強く残っていたらしく、
今度発行された50周年記念誌に何名もの人が書いてある。
いつ、枯れたかの記憶はないが松くい虫にやられたか、
排気ガスにやられたかはわからない。
でも今かつての松並木を再現すべく松が街路樹として植えられている。
植えられているのは宜野湾市嘉数から一部を除き嘉数中学校のあたりから
普天間飛行場の手前まで。
国道330バイパスを伊祖トンネル浦添から宜野湾に入るとき
ファミマの手前を左折すると松並木が始まる。
山谷園というモーテルの前を過ぎ県道5号線にはっちゃかると
いったん途切れるが、
再び真栄原交差点を普天間飛行場方面に向かうと松並木が現れる。
飛行場が返還されれば普天間神宮まで続くのかもしれない。
Posted by 不良オヤジ at 17:36│Comments(0)
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